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高知地方裁判所 昭和57年(ワ)31号 判決

原告

濱川博司

被告

窪田正夫

【事実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇五万円及びこれに対する昭和五七年一月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、原告を相手方として、昭和五五年三月六日高知地方裁判所に対し、同裁判所昭和五五年(ワ)第九四号損害賠償請求事件の訴を提起し、同年四月一五日第一回の口頭弁論が開かれた後、六回の弁論期日があり、その後昭和五六年六月一六日の弁論期日に被告から請求の放棄がなされて、右事件は終了した。

2  被告が前記訴を提起した理由は左のとおりであつた。

すなわち、

(一) 被告は、永年丹誠こめて、長尾鶏の品種改良につとめ、昭和四八年ころまで特にすぐれた二羽の長尾鶏(以下本件長尾鶏という)を飼育していたが、原告は被告の承諾を得ずに、本件長尾鶏を写真にとり、これを複製し観光写真を作成して高知県下の観光業者、旅館、土産物店に販売し、一か年間に少くとも二五〇万円の利益をあげ、三年間で合計七五〇万円の利益を得ている。

(二) ところで、本件長尾鶏は永年品種改良につとめた結果、生れた傑作であり、著作権法にいう著作物に該当するところ、原告は前記のとおりこれを無断で撮影し複製して観光写真として販売し利益をあげていたものである。そして、原告が右により得た利益が著作物の客観的に相当な使用料額とみられ、ひいては、これが右著作権侵害により被告の受けた損害に該当すると考えられる。よつてその損害七五〇万円の賠償を請求する。

(三) また、被告は、本件長尾鶏を写真にとり、特定範囲の者に販売する権利を他に売却したことがある。これは法律上保護されるべき被告の利益である。しかるところ原告の前記行為は被告の右利益を侵害する行為であり、著しく公序良俗に反し、違法性を有する不法行為に該当するところ、過去三年間の右権利の譲渡による被告の得べかりし利益は三〇〇万円を下らないが右不法行為により被告はこれを失なつた。更に右不法行為により被告は精神的苦痛を受けたが、その苦痛を慰藉すべき慰藉料は一〇〇万円をもつて相当とする。よつて被告は、予備的に右不法行為による損害四〇〇万円の賠償を請求する。

というものであつた。

3  原告は、右の被告の主張を争い、特に本件長尾鶏が著作物に該当するとの主張に対しては、著作権法二条一項一号に定める著作物の定義からして、長尾鶏は著作者の思想、または感情を創作的に表現したものでなく、また文芸、学術や音楽の範囲に属するものでもないとしてこれを争い、また、被告には代価を得て本件長尾鶏を撮影し複製したものを他に販売する権利を譲渡するなどの利益は有しないとして、これをも争つたものである。

4  そこで、前記訴訟において、被告としては、まず本件長尾鶏が著作物に該当すること及び本件長尾鶏を撮影してその写真を複製し販売する権利を高価に譲渡しうることを立証しなければならないわけであるが、被告は昭和五五年一〇月一三日付書面で証人三名及び本人尋問を申請したところ、裁判官からまず本件長尾鶏が著作物に該当するか否かを認定することが先決の問題であるから、鑑定人の申請をしてはどうかとの示唆があり、被告からこれを申請する旨の意思表示がなされたが、その後全くその申請はなされず、また証人等の採用の決定もないまま、前記のとおり被告は請求放棄をするに至つたものである。なお、その間、被告から訴の取下の書面が提出されたが、原告は、被告の訴が不当であるからこれを明らかにする必要があると考え、右取下に同意しなかつた。

5  被告が、前記訴訟において請求を放棄したことは、自ら主張した権利が存在しないことを認めたものであり、かかる結果に至つたのは、訴訟を提起するに当つては、主張する権利が認められるか、更にこれを立証しうるかについて、十分検討し、少なくともその可能性が相当高度に認められると判断される場合にのみ訴の提起をなすべきであるのに、被告はかかる検討を全くせずに訴を提起し、主張立証を迫られるに至つて、それが不可能であることを自覚したためである。したがつて、被告は権利の存否について十分な調査をすれば当然前記訴訟が不当であることを知り得るのにこれをなさず、世間の常識上著しく非難されるべき重大な過失によつて、権利のないことを知らずに無暴な訴訟を提起したものというべく、右の訴訟は原告に対する不法行為に当るものである。

6  なお、本件長尾鶏を被告の父が飼育していた昭和四一年ころ、原告は被告の父の承諾を受け、かつ、その都度代価として一〇〇〇円を支払い、本件長尾鶏を撮影し、これを絵葉書にして、被告の父に譲渡し、かつ観光業者に販売してきたもので、このことは被告も十分知つていたものである。また、右の絵葉書は、被告の父が以前から南国市において長尾鶏センターの名称で長尾鶏を観光客に見せるため経営していた施設でも販売していたもので、被告が右の長尾鶏センターの経営を引き継いだ後も同様であつた。

7  被告が前記訴訟を提起した理由は、昭和五三年八月ころ、原告が被告から長尾鶏の観光写真の製作を依頼され、一枚一八〇円の代価で一〇〇〇枚を製作納入したところ、更に昭和五四年暮に追加注文を受けたので、右同単価で応ずべく一〇〇〇枚の右同写真を作成したところ、被告が値引きを要求してきたため原告がこれに応ぜず、製品の引渡しを拒否したため、右追加注文についての取引は成立するに至らなかつたが、被告は、これに根をもつてその感情的対立のはらいせから、前記の如き本件長尾鶏の写真を複製した絵葉書を販売することについての原告と被告間の従前の経緯を無視し、前記訴訟を提起するに至つたものである。

したがつて、右訴訟はその訴提起の動機からみても不法なものであり、不法行為に当る。

8  原告は右訴訟に応訴するため弁護士戸梶大造を訴訟代理人に選任し、手数料として三〇万円、成功報酬として七〇万円を支払つたが、右費用のうち少なくとも前記訴訟の訴額の一割に当る七五万円は被告の不法行為と相当因果関係のある損害とみることができる。

更に、原告は被告の不当な突然の訴訟の提起により、いかにも著作権を侵害したかの如く世間から思われ白眼視された。特に右の訴訟は高知県下観光業界の注目のまととなり、原告は自己の作成した観光写真を観光業界に売りさばくにも人知れぬ苦労をした。こうしたことによる原告が受けた精神的苦痛ははかり知れないものがあり、この苦痛を慰藉すべき金額としては少なくとも三〇万円を下らない。

9  よつて原告は被告に対し、右被告の不法行為に基づく損害金一〇五万円及びこれに対する本件訴状送達による請求の翌日である昭和五七年一月二九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  1ないし3項は認める。4項中、訴の取下についての原告の考えの部分は不知、その余は認める。

2  5項は否認する。

被告が訴を取下げ、また請求を放棄したのは、その権利の不存在を自認し、その主張立証が不可能であることを自覚したためではなくて、次のような事情によるものである。

(一) 県の観光課係官より、被告に対し、訴訟が県の観光事業にマイナスになるので、訴を取下げ、原告と話し合いにより解決するよう申入れがあつたこと。

(二) 被告の飼育する長尾鶏を県の酉年用のポスターにすることになつており、その準備もできていたところ、昭和五五年一二月末ころ、県の観光課係官より被告に対し、訴訟中であることを理由にこれを観光用ポスターに使用しない旨の通告があり、これが取止めとなつた。そのため、被告の長尾鶏の飼育や観光営業にマイナスになつたこと。

(三) 原告がその取引業者である旅館、みやげもの店、県内外の旅行業者などに対し、訴訟のことにつき被告を中傷したため、被告はそれらの者より日夜迫害され、そのために被告やその家族は夜も寝られず精神的苦痛を受けたこと。

(四) 被告が所属している南国市長尾鶏保存会より右訴訟を理由に除名されそうになつたこと。

(五) 観光業者より文化庁への申出により長尾鶏の保存管理費用として支給されていた補助金一〇〇万円相当の支給も打切られる状況になつたこと。

その他のもろもろの社会的、経済的迫害を被告が受けたため、被告は訴の取下げないし請求の放棄をせざるを得なかつたものである。

3  6項のうち、本件長尾鶏を被告の父が飼育していたこと、原告が右長尾鶏を写真撮影し、これを絵葉書にして観光業者に販売していたこと、被告の父が原告から二、三回右絵葉書の譲渡を受けたこと、被告の父が長尾鶏センターを経営していたこと、被告がその経営を引継いだことはいずれも認めるが、その余は否認する。

原告は、趣味で写真をとりたいとして本件長尾鶏の写真撮影をしたうえ、被告の父や被告に無断で右写真を複製して絵葉書にし、これを観光業者に販売して利益をほしいままにしてきたもので、被告の父も原告に対し他人に右絵葉書を販売しないように要求していたものである。

4  7項のうち、被告が原告に長尾鶏(本件長尾鶏とは別のものである)の観光写真の製作を依頼し、納入を受けたこと(その時期は昭和五三年四月ころである)、昭和五四年ころ右写真の追加注文をしたが値引きの問題から合意に至らず取引きが成立するに至らなかつたことはいずれも認めるが、その余は否認する。

被告が原告を相手方として前件訴訟を提起したのは、原告の主張する観光写真の取引のもつれによるものではなく、前記のとおり被告及びその父が改良を重ねて育成した本件長尾鶏を、原告が、被告及びその父に無断でその写真を複製し絵葉書にしたものを観光業者に販売し、利益をほしいままにしてきたことによるものである。

5  8項のうち、原告が応訴のため戸梶弁護士を訴訟代理人に選任したことは認める、手数料成功報酬の点は不知、その余は否認する。

【理由】

一請求の原因1ないし3項及び同4項中訴の取下に対する原告の考えの部分を除いた点についてはいずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すれば、本件長尾鶏は、被告の父窪田正が育てあげた尾の長さはいずれも九メートル位ある美しい鳥で、高知県下をもちろん他に類をみない逸品と評価され、国の特別天然記念物に指定され、高知県を訪れる著名人がわざわざその鑑賞に立寄り、また高知市内の旅館業者から宿泊している観光客に鑑賞させるため旅館に運んで来ることを求められ、そこで有償で鑑賞に供したりしていたものであること、そして、本件長尾鶏の所有及び飼育は被告が父から引継いだが、被告の父が飼育していたころと同様にその名声を保持していたものであること、長尾鶏をこのように育て上げるには、交配による品種改良と特殊な管理飼育方法(時には夜も寝ないで管理することもある)によるものであることがいずれも認められる。ところで、著作権法二条一項一号によると、著作物とは思想または感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術、または音楽の範囲に属するものをいうと定義されている。そこで本件長尾鶏が被告主張の如く著作物と認められるかを検討してみるに、前記の如き本件長尾鶏の形態の美的特殊性とその飼育方法によりその形態が発生するに至つたものであることを考えると、本件長尾鶏が思想または感情を表現した美しいものであるとは考えられるものの、このことから更に本件長尾鶏が著作権法二条一項一号に定める思想等を創作的に表現した美術の範囲に属するものとみるのはいささか無理であると思われる。けだし、右法条にいう思想等の創作的表現というためには思想等の創作表現活動の独創性が要求されるものと解されるところ本件長尾鶏を生み出すための管理飼育について、被告の独創的な工夫があり、これが作用して本件長尾鶏を生み出したものであることを認めるに足る証拠はないから、本件長尾鶏の飼育についての被告の管理飼育方法についての特殊性は、まだ独創性のある創作的表現とみることはできないのみならず、著作権法による著作物の保護の趣旨は文化的な独創活動の保護にあるとみられるところ、被告の主張するところは本件長尾鶏の姿態について独創性があり、また、その製作について独創的な工夫があつたというのではなく、本件長尾鶏が他に類をみない美しいものであること、本件長尾鶏の飼育については交配による品種改良と特殊な管理飼育方法によるものであるというにつきる。そして、以上によれば、他の者が本件長尾鶏と同一または類似する生物を作り出した場合に、被告の独創的活動の模倣となり、被告の権利を侵害するということもできないと考えられ、ひいては本件長尾鶏が著作権法によつて保護するに価する被告の文化的独創的表現であるとみることもできないからである。

そして、このことは、更に本件長尾鶏は著作権法二条一項一号に定める著作物の概念中の美術その他の範囲に属するものともいえないことに帰する。

しかしながら、本件長尾鶏には、前示の如く独特な美しさがあり、その管理、飼育にもそれなりの工夫と人知れぬ苦労があり、永年の努力のつみ重ねの結果、ようやくにしてこれが育て上げられたものであることを考えると、本件長尾鶏を写真にとつたうえ絵葉書等に複製し、他に販売することは、右長尾鶏所有者の権利の範囲内に属するものというべく、その所有者の承諾を得ることなくして右写真を複製して絵葉書にして他に販売をする所為は、右所有権者の権利を侵害するものとして不法行為の要件を備えるものとみられ、右権利を侵害した者はその損害を賠償する義務がある。なお、右長尾鶏の飼育に当り、被告が国、県等から補助金の支給を得ていたとしても、それは被告と国等の関係の問題であり、右結論を左右するものではない。

そうすると、前示被告の訴はその主張する権利が立証不能な違法不当なものであるとまではいえないこととなる。

三原告は、本件長尾鶏を被告の父が飼育していた昭和四一年ころ、その都度一〇〇〇円の代価を支払い、被告の父の承諾を得て本件長尾鶏を撮影し、これを絵葉書に複製して観光業者に販売してきたもので、被告も右事情を知つていること、被告の父が経営し、後に被告が引継いだ南国市所在の長尾鶏センターでは、右絵葉書を販売している旨主張するところ、<証拠>を総合すると、右長尾鶏センター(その経営者については当事者間に争いがない)で原告主張の絵葉書が販売され、更にこれからその一部を複製した部分を含む郵便葉書が被告の協力により南国市郵便局で印刷発行され、右葉書も右同所で販売されていた事実は認められるものの、被告本人尋問の結果に照らすと、原告がその都度代価一〇〇〇円を支払つて被告の父の承諾を得、本件長尾鶏を写真撮影し、その写真を絵葉書にして販売していたとの主張事実は直ちに認めることができない。なお、前示長尾鶏センターで原告主張の絵葉書等の販売がなされていたことに加えて、被告が強硬に右事実を否定していること及び原告本人尋問の結果を併せ考えても、証人横田康治の証言より認められるところの甲第二号証の一ないし六、第三、第四号証の入手の経緯(訴訟資料とするために、相手方の店舗に至つて、通常の購入をなすに止らず、スタンプを押させたり、秘かに店内の写真をとつたりした)や、当事者間に争いのない前記訴訟並びに本件記録上明らかな本件訴訟の経緯及び被告本人尋問の結果に照らすと、前記原告の主張事実を認めるに足らず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

なお、昭和五四年ころ、原被告間で長尾鶏(本件長尾鶏でないことは被告本人尋問の結果により明らかである)の観光写真製作についての取引のもつれから紛争が生じたこと、被告が原告を相手方として原告主張の訴を提起したことについてはいずれも当事者間に争いがないが、被告本人尋問の結果によれば、原告が本件長尾鶏の写真を絵葉書にして販売していたことについて原被告間に利害の対立があつたこと(前示絵葉書等を被告が販売等していたことをもつて右認定を覆えすに足らない。その他右認定に反する証拠は被告本人尋問の結果に照らし採用しない)、前示のとおり被告の右訴がその主張する権利の立証不能な違法不当なものとまではみることができないことを併せ考えると、右争いのない事実から、被告において、原告との間の観光写真の取引のもつれから生じた感情的対立に根をもち、原告に対するいやがらせのために右訴を提起したとの原告の主張事実を直ちに認めるに足らず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

四証人弘瀬勝の証言、被告本人尋問の結果によると、被告が訴を提起しながら請求の放棄をなすに至つたのは、被告が、高知県内の観光業者達から訴の提起を非難され、その解決を強く求められたこと、高知県観光連盟の役員で県の観光関係の係官でもある者から被告に紛争解決の申入れがなされたこと、県の観光ポスターに被告所有の長尾鶏が使用される予定であつたのに右訴訟があることを理由に取止めになつたこと、被告の所属する南国市長尾鶏保存会の会員の中から訴訟を理由に被告を除名する話が出たこと、国、県等から右長尾鶏保存会へ支給されていた一〇〇万円相当の補助金を打ち切られるというような話も被告に伝えられたこと、こうした状況の中で仲介者によつて原被告間の紛争の和解が進められ、被告もこれに応じ紛争を解決する道をとらざるを得なくなつたが、和解の合意には至らず、そのため被告は訴を取下げることによつて紛争を解決しようとしたがこれに原告が同意しないため、やむなく被告は請求の放棄をするに至つたことが認められる。右認定を覆えすに足る証拠はない。

五以上の次第で被告が提起した訴が原告主張の如き不法行為に当るとは認め難いので、更にその余の点について判断するまでもなく原告の請求は失当としてこれを棄却<する。>

(金子與)

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